壁の仕上げ―知ればこだわりたくなる壁

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 世界的なスローガン「stay at home」で、家にいる時間も長くなっています。家はどこよりも安心できる場所であるはずです。ところで、家にいて最も目に入ってきているものは何でしょうか?冷静に考えてみると、意外や意外、壁なのかもしれません。じつは壁の面積はおおよそ床の倍近くあります。でも、意識して見ないと気付かないでいます。そんな壁の仕上げについて考えてみましょう。

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石から生まれて石になる。

 イタリア南部のオストゥーニという小さな町がNHKの旅行番組で紹介されていました。イタリア半島をブーツに例えればヒールの付け根、カかと辺りにあるプッリャ州の町です。「チッタ・ビアンカ(白い町)」といわれる要塞都市で、迷路のように入り組んだ家々の壁はすべて白く塗られています。

 毎年、夏前になると多くの家で白く塗りなおします。塗られている材料はトラックに積まれて町中で売られています。積まれているのは「生きている石」と呼ばれる、子供の頭ほどの大きさの白い石です。この石を水にちょっとかけるとまるで生きているかのように、パキパキと音をたてて割れていくのです。この石をバケツに入れて水をかければ自然と割れて粉々になります。
 1か月ほど置くと、家の壁に塗れるようになります。この町では壁塗りを怠れば罰金が科せらるといいます。

 この材料こそが漆喰です。

 漆喰の原料は石灰石です。じつはイタリアのプッリャ地方は石灰石の大地でできています。山から削り出された石灰石は化学式で書けばCaCO3=炭酸カルシウムです。
 この石灰石を高温で焼くと二酸化炭素が飛び出してCaO=生石灰となります。これはとても不安定な物質で、少量の水に触れるだけで反応を起こします。これがトラックに積まれ売られていた「生きている石」の正体です。
 水と反応する時には熱を発生するので注意しなければなりません。逆にこの熱を利用して携帯用の弁当やお酒を温めるのに生石灰が使われることもあります。
 この生石灰(Cao)に水(H2O)が加わることで消石灰=Ca(O2)となります。乾燥すれば白い粉上になって身近に使われることも多くあります。
 学校のグランドに引いた白い線や昔のチョークも消石灰でできていました。中にはコンニャクの凝固剤として使うなど食品に使われることもあります。
 さらには鳥インフルエンザや豚コレラなどの畜産の疫病が出たときに殺菌消毒のために撒かれている白い粉もこの消石灰です。
 じつはオストゥーニの町が消石灰で白く塗られているのも、ヨーロッパで大流行したペストから町を守るためだという説もあります。
 さらに水に溶かれた消石灰は、乾燥すると同時に空気中の二酸化炭素を取り込む特性があります。この作用によって最終的にCaCO3になります。
 そうです。最初に山から削り出された時と同じ炭酸カルシウム=CaCO3です。山の石から生まれて、家の壁で再び石に戻るのです。
 それを毎年のように繰り返して塗り重ねていくことで少しづつ石の厚みも増していくことになります。その厚みは1㎜にも満たないかもしれませんが、世代を超えて重ねれば厚くもなります。まるで石から岩に。家の堅牢さも増しているように思えてきます。
 人類はこの漆喰とすでに何千年の付き合いがあります。壁の素材の一つである漆喰を知るだけでも壁を見る目が変わるかもしれません。

漆喰と珪藻土

 漆喰はもちろん日本でも古くから使われてきました。日本の漆喰では消石灰に糊としての海藻や麻スサなどを入れて、割れにくくするなどの工夫が凝らされています。
 その代表格はなんといっても世界遺産である姫路の白鷺城です。日本の土佐でとれる石灰石は世界でもトップの白さを誇ります。また、壁だけでなく瓦周りや屋根回りの木部の小口など様々な部位に使われています。
 山の石から生まれて石に戻る漆喰は、なによりも火に強く、そして腐食しにくいのが大きな利点です。日本中のどの町にも残されている蔵のほとんどが漆喰壁であるのも同じ理由です。
 そして内装の壁仕上げにもよく使われてきました。清潔できれいに仕上がる漆喰ですが、硬化して石になると考えると、じつはあまり調湿性を期待することはできそうにもありません。
 内壁で、この調湿性を期待して使われるのは珪藻土です。もちろん調湿能力は珪藻土の種類にもよりますが、漆喰と比べれば大きな違いです。
 どちらも同じ生物由来の堆積から生まれた鉱物です。石灰岩は珊瑚や貝殻などが積もり、珪藻土は動植物プランクトンが積もって出来上がりました。
塗り壁材として使用するために焼成して加工することも大切ですが、原料のちょっとした違いが大きな差を生み出します。
 ところが珪藻土は硬化する作用がありません。珪藻土を水に溶いて塗っても乾燥で固まっているだけで、ちょっと擦っただけでもボロボロと落ちてしまいます。
 漆喰のように硬化作用があるのは水との化学反応=水和作用で固まるコンクリートくらいしかありません。それ以外はバインダーと呼ばれる石油系の樹脂を混ぜ合わせます。使われている樹脂の成分によっては自然素材とはいえない可能性もあります。
 そこで珪藻土を固めるバインダーとして漆喰を使用しているものがあります。いずれいしても、壁を仕上げる時には貼るのではなく塗って仕上げる壁となります。

塗り壁とクロス

 漆喰も珪藻土も高くて上質な材料もありますが、材料としての価格は決して高価なものではないはずです。材料以上に必要とされるのは手間です。
 特に「漆喰を塗る」といえば昔の左官の代表的な仕事であり腕の見せ所でもありました。調合から始まり、本当に均等で平滑な壁を仕上げるには相応の期間を積んだ左官でないとできません。
 その上、1人で塗らずに数人で取り組むには手を揃えることが求められます。何人もの職能が高い職人が手掛ければ、それだけコストもかかるものです。
 その上、1度で塗るのは質を落とすことになります。下塗り・中塗り・仕上げと何度も重ねて塗る必要があります。1度貼ってしまえば仕上げられる壁紙と比べると、職能も施工時間もコストがかかるばかりです。
 こうしたことから近年になって壁紙を貼って施工している家が殆どになりました。この壁紙の日本の生産量は一般社団法人日本壁装協会の統計では年間約7億㎡の壁紙が生産されています。その面積はシンガポールの国土面積に匹敵します。
 生産されている壁紙の一部は輸出されていますが、その量は1%ほどです。ほぼ同量よりわずかに多い量の壁紙が輸入されていますので、国内での使用量とみて大きな間違いはないでしょう。
 たとえば、この壁紙の総量を新築着工戸数約90万戸強で割ってみれば、1戸あたりで800㎡にもなります。とても新築だけでは使いきれない量です。新築だけでなく、既存住宅のリフォームや非住宅にも大量に使われていると思われます。
 さらに同系統の内訳では塩化ビニール系が90%、そしてプラスチック系と合わせると99%になります。残りの1%の中に紙系や繊維系があります。
 壁紙は紙、クロスは布に名の由来がありますが現代では石油製品になっています。それは日本に独特なガラパコス的状況であるといえます。
 もちろん、ビニールクロスに多くの利点があることも確かです。例えば汚れなどにも強く、中性洗剤などでふき取ることおできるので住まい手にとってはメンテナンスも含めて扱いやすい壁材です。
 さらに、何よりも安価であり品質にむらがなく職人の能力による大差もなく、均一できれいな仕上がりができます。また、張り替えることも同様に比較的簡単です。
 そして高い印刷技術によって色や柄などのバリエーションも多く、インテリアとして自由に選んでコーディネートを楽しむ事ができます。これだけの利点が揃っていれば普及するだけの十分な理由となります。
 利点は多い壁紙ですが、窒息しそうなビニールに囲まれていると思うと少しだけ抵抗感もあります。

手間がかかることの価値

 壁紙の中でも紙系や繊維系であれば、それなりに調湿性もありますが、生産されている量が少なく本物の素材を使うことで高価な素材となります。さらに継ぎ目の処理や施工のしやすさで職能を要し手間もかかることが一般的です。
 こうした壁紙と塗り壁の他に、木材を貼るという選択もあります。木材には調湿性や殺菌作用がある上に、匂いを楽しむことも出来ます。また、多くの楽器に木材が使われているように、音響への効果もあります。 
 しかし、施工には大工の手が必要であり、さらに釘を隠しながら壁に貼ってゆく職能と手間がかかります。結局、塗壁を筆頭にしてほんものの紙や布、そして木材を壁材として使うことは手間がかかるという意味で、まさに贅沢な家であるということです。
 でも、最初は安価なビニールクロスでも何度か貼り替えると、下地となっている石膏ボードの紙が劣化する心配があります。最初に手間がかかっても本物の価値はやはり高いモノなのです。

塗り壁の楽しみ

 そこで原点である塗壁のある話に戻ります。じつは本来は熟練の左官が扱うものですが、素人でも壁塗り作業が扱いやすくなるように調整された壁材が作られています。中には、一度塗りで完成する商品もあります。また、既存の壁紙の上に塗ることができるのもあります。
 また、左官職人が使っているコテを使うのではなく、ペンキのように刷毛やローラーで塗れる材料も開発されています。これらの材料を使うと、手間賃が高くて手が届かなかった塗り壁で仕上げることが可能です。
 もちろん素人が塗るものですからプロのようにきれいに仕上げるものではありません。でも、自分でつくる喜びを味わいながら仕上がった壁には愛着を感じると思います。小さい子供の手形を残してあげれば、さらに愛着も深くなることでしょう。
 将来のメンテナンスのことを考えても塗り壁なら、オストゥーニの町のように塗り重ねていくことが出来ます。手間はかかりますが、壁は劣化するのではなく塗り重ねることで価値が上がっていくのです。
 こうした自分で塗るという取り組みは、保証を問題にして売上確保に厳しい大手住宅メーカーにはできないことです。地元に密着している建築企業だからこそできる、家づくりを楽しみを共有するサービスです。壁の仕上げひとつも、奥深い住まいづくりへのポイントになります。

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